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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Read 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 193,050 characters · 383 screens
問屋の主人は、その抽斗の一かわ一かわに、商品をつめこみ、その品目と原価を書いた行商手帖とを、ぼくに手渡した。そして夕刻、売っただけの品物を精算して、利益金を渡し、あとを補充してまた明日担いで出るという仕組みである。
商品の主な物は、石鹸類、髪油、チック、安香水、生地の櫛、塗り櫛、白粉、口紅、化粧水、鬢ツケ、中挿し、髷形、入れ毛と、数知れぬほど種類があり、その上に少女向きの花簪から、ザンザラ、根がけ、ちんころ、の類まで備え、抽斗全部を開けて並べれば、小間物屋の縮小がすぐ覗けるという配合と種別が上手に仕組んである。「ともかく歩いてごらん。断わられても、すぐ引っ込んでしまうようじゃ商売にはならないよ。商売は、押しと愛嬌だと思いなさい。小間物は女相手だから、女の気もちをつかまえる事だが、それやあまだ、君には難しいだろうからね。孤児院の子が、よく売るだろう、あれだと思って、負けずにやるこったね。なあに、そう重い物じゃあない。そっちを向いてごらん、背負わせて上げるから」と、主人は手初めに、背負い方を教えてくれた。重い物ではないと云ったが、立ってみると、ずっしり肩が痛い。