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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Read 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 193,050 characters · 383 screens
まだ二銭銅貨を一枚あましていた。
アブ公とは、どこで別れたのか、日の暮れ方、ぼくは狸みたいな腹をかかえて、車橋の上を帰ってきた。ぼくの手には二銭銅貨が残っていた。銀貨よりも遥かに大きな二銭銅貨を持ッてしまって、ぼくは途方に暮れた感じだった。もちろん、持って帰る勇気はない。
ぼくは石でも抛るような振りをしながら、往来の隙をみて、その大きな銅貨を、車橋の上から河へ投げ捨てた。そして逃げるように、わが家へ駈けて帰った。その後は、覚えていない。だが、日頃の石投げの手なみで、銅貨を河へ投げたときの快感だけが、今でもかすかに手に残っている。
その後、ぼくはアブ公と遊ばなかった。道ではよく会うが、向うでも澄ましていた。買食い事件だけでなく、もう一つ子供同士でも、へんてこな後味を持った事があった。
ぼくの家のすぐ庭先から、眼の下の低地には三、四軒の屋根が覗き下ろされる。日曜の朝になると、その一番奥の屋根の下から、讃美歌のオルガンが愉しげに聞え出し、近所の子がみな集まった。
帰りには、美しいカードをくれたり、そこの主人と奥さんが、面白い話をしてくれたりする。ぼくも日曜日の朝になると、大勢の子等と一しょに、畳の上で讃美歌を合唱した。