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ほうろうき(しょしゅつ)
放浪記(初出)
林 芙美子
Read 放浪記(初出) (ほうろうき(しょしゅつ)) by 林 芙美子 (はやしふみこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 103,349 characters · 207 screens
海添いの遊女屋の行灯が、つばきのように白く点々と見える。
見覚えのある屋根、見覚えのある倉庫、かつて自分の住居であった、海辺の朽ちた昔の家が、じっと息している。
何もかも懐しい姿だ。少女の頃に吸った空気、泳いだ海、恋をした山の寺、何もかも、逆もどりしているような気がする。
尾道を去る時の私は、肩上げもあったが、今の私の姿は、銀杏返えし、何度も水をくゞった疲れた単衣、別にこんな姿で行きたい家もないが、兎に角、もう汽車は尾道、肥料臭い匂いがする。
午後五時
船宿の時計が五時をさしている。待合所の二階から、町の灯を見ていると、妙に目頭が熱くなる。訪ずねて行こうと思えば、行ける家もあるが、それもメンドウクサイ、切符を買ってあと、五十銭玉一ツの財布をもって、私はしょんぼり、島の男の事を思い出した。
楽書きだらけの汽船の待合所の二階に、木枕を借りて、つっぷしていると、波止場に船が着いたのか、ヴォ! ヴォ! 汽笛の音、人の辷り降りの雑音が、フッと悲しく胸に聞えた。
「因の島行きが出やんすで……。」ガクガクの梯子段を上って、客引きが知らせに来ると、花火のようにやけた、縞のはいった、こうもりと、小さい風呂敷包みをさげて、波止場へ降りて行った。