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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 186,659 characters · 372 screens
おぬしのことばは、うれしく聞くが」
「では、どうしても、岡崎を立ち退かるるお覚悟ですな」
「……ぜひもない」
霜も交じえた鬢の毛を燭に見せて、数正は、がくと、項を折るように俯向いた。
「伯耆どの。お恨みにぞんずる。……な、なぜ、決意の前に、こうぞと、ただ一言でも、それがしにお洩らし下されなかったか」
真に、それが恨みとするように、伝右衛門は歯の根を噛むように、心の友の、心をなじった。
(おぬしをのみ、ただ一人の知己とのみ、数正は思うておる)
とは、その数正の口から、この春、正月の酒を共に酌み交わしたときもいったことばではないか。
その後も、この岡崎城を、数正は城代の主将に、伝右衛門は二の丸の副将に、選び任ぜられた時も、
(君だけが、心の友)
と何度、自分にいったか、知れないではないか。
それなのに――と、初鹿野伝右衛門は、数正が、これほどな重大決意を、事前、打ちあけてもくれず、岡崎を立ち退かんとしているのを――不満でならなく思うのだった。
二人の間は、決して、一朝一夕の、交わりではない。
伝右衛門は元々、武田家の旧臣なのだ。外様も外様、敵国の降参人として、家康の臣列に加えられ、爾来、幾戦場の試しと、平時の居づらさや、同藩の猜疑などにも耐えて、ようやく近頃、重用されてきた者なのである。