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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 186,659 characters · 372 screens

Aozora Bunko

矢田川原

矢田川原

出陣を見、帰陣を見、大坂城と美濃地方とのあいだを、これでこんどは、幾度目の発向か。

路傍の人々の風評も、

「小牧の御陣は、焦げついたそうな」

と、きめている。

「あいても相手。おそらく、十年がかりになろうもしれん」

一般の観測だった。

時は、十月二十日。秋ももう深い。

いつものように、大坂、淀、京都と経て来た秀吉の大軍は、どうしたことか、こんどは坂本から急に道を転じて、伊賀甲賀を越え、伊勢へ出た。

これまでの、美濃路から尾張へ出るのを一変して、

「桑名へ――」

と、視角をかえて働きに出たのである。

伊勢方面の信雄の支城や隠密からは、おもわぬ箇所の堤を切って、濁水の奔河が向って来たように、

「秀吉の主力です」

「いままでの、一部将の兵ではありません」

「二十三日、羽津に陣し、縄生には、とりでを築き、蒲生氏郷、蜂須賀家政などに、それらの要所をかためさせては、刻々に前進をつづけて来ます」

と、早馬また早馬、飛状また飛状。ひきもきらない警報である。

信雄は、沈着をもちきれなかった。かれの胸には、ひと月も前から、この暴風が身ぢかに来そうな予感が何となくあったからである。