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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 187,841 characters · 376 screens
……はい、それやこれ、せがれどもの捨てた生命に、つい慾の涙を掻きこぼしたわけでござりまする」
家臣たちは、案じて、
「夜もおそくなりますゆえ、なお老婆へおたずねの儀もあれば、他日お城へ召されてのことになされては如何で」
と、家康の帰城をうながした。
なにか、夢からでもさめたように、家康もつぶやいた。
「おお、留守の者も、案じておろう……」
老婆へは、近日、あらためて沙汰しようと約束して、彼は黙々と、そこを去ったのであった。
前後の騎馬に守られながら、彼はまた暗い夜道を、浜松のほうへ駒を向けていた。
「田野のなかにも、無智な田夫ばかりはいない。真実をわきまえている怖ろしい民もいる。……世はみだれても、やはりかわらぬ皇国、そこの土に生きる民くさ、明国や朝鮮とはちがう」
彼の若い烈しい弓矢の精神も、きょうばかりは棒打ちされたここちで、あの一老婆に、まったく頭があがらなかった。――が、その自責は確かに、老婆とひとつな民くさの心が、彼にもある証拠だった。
「あッ、いかん……。後日を待っては」
途中、よほど来てから、家康は、急に、鞍のうえから振り向いて、なに思いだしたか、家臣のひとりへいいつけた。