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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,320 characters · 398 screens

Aozora Bunko

勝頼は、信勝にそそいだ眼を、次には黙って、茅村の局へ向けて、こう促した。

「起つがよい」

「では、ただいまのことは、御台所様のお望みのように……」

「うむ、そうせい」

茅村の局は去った。

信勝の主張はこれで父に否定されたことになった。彼は、無言に返って、さし俯向いた。

残る問題は、上州吾妻へ遁れて行くか、岩殿山方面にたて籠るかの二つだった。しかしそのいずれにしても、この新府を捨てて亡散することは、もはや勝頼の心にも宿将の胸にも、避け難い運命と諦められているもののようである。

三月三日。毎年のようならば、桃の節句に奥の丸に華やぐ日を、勝頼の簾中一門の老幼は、黒煙に追われながら、新府の館を捨てて落ちた。

もちろん勝頼も城を出た。附き従う侍たちも残らず城外へ出た。けれど勝頼はその総勢を顧みて、

「これだけか」

と、唖然たる顔をした。

宿老の面々をはじめ一族の典厩信豊までが、いつのまにかここに姿がない。聞けば今朝暗いうちからの混雑に乗じて、各※(二の字点、1-2-22)郎党を連れて、自分自分の在所や城へ遁れ去ってしまったというのである。

「太郎。いたか」

「おります。