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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 200,903 characters · 400 screens

Aozora Bunko

「いや俺は、ふた月も前から腸を病み通しで、いまだに本復していないのだ。だがなあ、この御陣に洩れてはと、歯を食いしばって出て来たのさ。――老親にも女房子にも、稀には、帰って功名ばなしの一つも聞かせ、一合のお扶持でも御加増に逢って、歓ばせてやりたいからな」

列は前へ揺るぎ出した。粛々、行軍の足なみに回る。その頃から素槍を引っさげた部将が、一倍大股な足どりで、絶えず隊側を監視しつつ進んだ。

左へ左へ。しかも黙々と。

軍馬は老坂の分水嶺を東へさして降り始めた。西、中国への道へ折れたものは一兵もない。

(……はてな)

怪しみは眼から眼へ光った。だが怪訝る者もまた続いた。彼ら末輩は、ただ翻る旗を仰いだ。

――この旗の赴く道に間違いはないのだ! と。

戛、戛、戛、石ころを蹴る馬のひづめに坂路の急は度を加えてくる。たまたま、谷へ落ちてゆく石の響きはひどく大きい。

すでに一万余の隊列は、どうどうと、何物にも阻められない滝津瀬の水にも似ていた。加速度に脚は早くなってくる。堰くも止まらず、阻めるも堰かれず、遂に、赴くところまで赴くものとなった。

汗か露か。具足の肌着はすぐ濡れる。