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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 190,406 characters · 381 screens

Aozora Bunko

死。ただ一死と。

一途に、真っ暗に、捨身に、願うらくは潔く――とばかり、この暁から今、陽の中天の頃まで、遮二無二来はしたが、ふとここで、

「あわよくば!」

と、雲の断れ間から一すじの光を見たように、戦いの勝目を、思ってみたのである。

正直。それまでは、

(勝てる)

と、いう自信はなかった。

彼はただ武門の名において、勝とうとしたのみである。あわよくば、

(勝ち得もせん)

と、考えついたのは、この瞬間――実にこの瞬間、ふとひらめいた考えだった。

人間の脳裡には、生活の一瞬一瞬を刻むがように、たえず泡つぶにも似た想念の断片が明滅している。死ぬる間際まで、人間は断れ断れな想念の連続から声を出し身を動かしている。

正しい想念。身を亡ぼす想念。種々な思慮のひらめきの取捨によって、一日の生活が組立てられてゆき、生涯の人生が、織りなされてゆく。

平常の取捨は、熟慮の遑もあるが、生涯の大運は、突として来る。

(右か? 左か?)

は、多くは急場に迫って来るものである。

信長は今、正しくその岐路にいた。そして無意識に、運命の籤を引いていた。人間の素質、あるいは平常の心がまえなどが、こういう際の直感を、迅速に助けて、その方向を誤たしめないことは確かであった。