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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 190,406 characters · 381 screens

Aozora Bunko

「――――」

結んだまま容易に開かぬ彼の唇が、何か、いおうとした時である。梁田弥二右衛門が、側から呶鳴った。

「殿、よい折! 思うに治部太輔義元には、鷲津、丸根を陥しいれて、織田の手なみ、多寡は知れたり。上洛陣の門出、幸先よしと、すでに慢心な致して、兵馬も誇り立ち、戦気も怠ってあろうずと存ぜられまする。――天機は今、不意を衝いて、義元の幕中へ、攻め入らば、お味方の勝ちは必定」

信長は、彼の昂ぶる声へ合わせて、

「それだ」

と、鞍つぼを叩き、

「弥二右衛門、いみじくもいうたり。信長の意中も、それよ。今こそ義元の首に会わん。田楽狭間は、この道を真東よな」

柴田権六とか林佐渡とかいう重臣たちは、むしろ物見の報告を、非常な惑いと、危惧をもって聞いたので、信長の直感と、その驀進ぶりを、たって止めたが、信長は肯かず、

「卿ら、老朽の智者ども、この期になお、何を惑うぞ。ただ信長につづけ。信長火に入らば火の中へ。信長水の中に入らんには水のそこへ。――さもなくば、田の畦で、儂が行方を見物せい」

一笑を冷やかに浴びせると、信長は静かに、駒首立てて、全軍の突角まで出て行った。