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いなかがえり
林芙美子随筆集
林 芙美子
Read 林芙美子随筆集 (いなかがえり) by 林 芙美子 (はやしふみこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 58,157 characters · 118 screens
落合町山川記
遠き古里の山川を
思ひ出す心地するなり
私は、和田堀の妙法寺の森の中の家から、堰のある落合川のそばの三輪の家に引越しをして来た時、はたきをつかいながら、此様なうたを思わずくちずさんだものであった。この堰の見える落合の窪地に越して来たのは、尾崎翠さんという非常にいい小説を書く女友達が、「ずっと前、私の居た家が空いているから来ませんか」と此様に誘ってくれた事に原因していた。前の、妙法寺のように荒れ果てた感じではなく、木口のいい家で、近所が大変にぎやかであった。二階の障子を開けると、川添いに合歓の花が咲いていて川の水が遠くまで見えた。
東中野の駅までは私の足で十五分であり、西武線中井の駅までは四分位の地点で、ここも、妙法寺の境内に居た時のように、落合の火葬場の煙突がすぐ背後に見えて、雨の日なんぞは、きな臭い人を焼く匂いが流れて来た。
その頃、一帖七銭の原稿用紙を買いに、中井の駅のそばの文房具屋まで行くのに、おいはぎが出ると云う横町を走って通らなければならなかった。夜など、何か書きかけていても、原稿用紙がなくなると、我慢して眠ってしまう。ほんの一、二町の暗がりの間であったが、ここには墓地があったり、掘り返した赤土のなかから昔の人骨が出て来たなどと云う風評があったり、また時々おいはぎが出ると聞くと、なかなかこの暗がり