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さくらじま
桜島・日の果て・幻化
梅崎 春生
Read 桜島・日の果て・幻化 (さくらじま) by 梅崎 春生 (うめざきはるお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 169,810 characters · 345 screens
弁当二人分が入った包みを網棚に乗せながら、五郎は思った。失望や落胆はなかった。来ないだろうという予想は、今朝からあった。ぱっとしない中年男と山登りして、面白かろう筈はない。
〈しかも拐帯者と来ているからな〉
昨日の指圧の後味は悪くなかった。自分が自分でない男に間違えられた。つまり本当の自分は消滅した。彼は自分が透明人間になったような気分で、夜の盛り場を歩き廻り、パチンコをやったり、ビヤホールに入ったりした。街の風景は、昼間と違って、違和感はなかった。そして宿に戻る。部屋は上等の方にかわっていた。ぐっすり眠った。
今朝眼が覚めた時、また声にならない声を聞いた。幻聴とまでは行かないが、それに近かった。
「化けおおせたことが、そんなに嬉しいのか?」
彼は顔を洗い、むっとした顔で朝食をとった。食べながら、女中に弁当を二人分つくることを命じた。阿蘇に登るのももの憂い。計画を中止して、ここでじっと待とうか。そうしたいのだが、女指圧師が駅で待っているかも知れない。おそらく来ないだろうと思うが、約束した以上、駅まで行かねばならぬ。
駅まで行った。とうとうすっぽかされたと判った時、よほど宿屋にこのまま戻ろうかと考えた。