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えどのかじゅつ
江戸の火術
野村 胡堂
Read 江戸の火術 (えどのかじゅつ) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 17,929 characters · 36 screens
が、恋する者の敏感さで、半十郎は繁代の顔や全身から、深酷無残な苦悩を察しないではありません。近づく折があったら、たった一言「許す」と囁やき度い衝動に駆られ乍らも、半十郎の常識と体面が必死とその奔出する熱情を押えるのでした。
炭焼竃と見せて、渓間に築いた炉は、一ヶ月足らずの苦心で成就し、何者とも知れぬ武士や人足の運び込んだ地金の銅と鉄は、毎日毎日熔かされ、鋳られ、鍛えられて、次第に井上流五貫目筒が出来上って行きます。
この工程を見ているのは、井上半十郎に取っても、決して不愉快なものではありませんでした。強薬に自信の無いことが判然わかると、九月十三日の御前試合などは忘れてしまって、井上流の大筒完成に向って、ただ精進を重ねる名匠気質の半十郎になり切っていたのでした。
「出来たッ」
井上半十郎が歓喜の声をあげたのは、八月の中旬、青銅五貫目玉撃ちの大筒が、物の見事に樫の砲架の上に乗ったのです。
「有難い、これでよし、――ところで、井上、最早、尾栓が打ち砕けるようなことはあるまいな」
稲富喜三郎は改めて訊ねます。
「断じて、その心配は無い、井上流の秘術を尽した大筒だ、これで五貫目玉が撃てなかったら俺は死んでも構わぬ」