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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
Read 江戸三国志 (えどさんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 577,271 characters · 1141 screens
「めッそうもないことを」
当然、供の者は、以ての外という顔で、お草履を取ってさし上げない。草履のそろわないうちは、駕を抜け出ないところは、やはり吾儘でも放縦でも大名育ちらしいが、万太郎そろそろ常の駄々ぶりを現して、
「草履をもて! 逃げてしまうわ」
と、高声をいら立てる。
すると、うしろの仲間が、手の提灯をあげて、
「やッ、相良様が駆けてまいりました」
「なに、金吾が?」と、万太郎がそれに思い止まったところへ、何かにおくれて、息をきりながら一行に追いついて来たのは、尾州の馬廻り役、江戸詰となってから、癖の悪い馬より手綱の取りにくい万太郎付きの近侍となっている、相良金吾とよぶ武士でした。
「金吾か、よいところへ来た」
かれの姿を見ると直ちに万太郎。
「そのあたりに、この娘が出会った盗賊がひそんでいよう。そちの手で、からげて来い!」
「はッ」と、主命、息をつく間もゆるされない。
金吾は袴のもも立を高くして、路傍から棟梁屋敷の石塀にそって駆け、カサ、カサ……と落葉のふるえる暗やみへ姿を入れる。
相良金吾が木立の奥へ駆けこんだのを見て、
「それ、逃げ口をとれ」
と、徳川万太郎は女駕のうちから、仲間どもを下知して加勢に追いやったが、煙の如き盗児、風の如き日本左衛門が、いつまでそれを待っておりましょうや。