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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
Read 江戸三国志 (えどさんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 577,271 characters · 1141 screens
「あらッ」
と言ったきり、暫くは、次のことばを忘れています。――やがて、
「相良さんじゃありませんか」
「お粂」
金吾にも、この際、一種複雑なる感情がなくてはいられません。
「ずいぶん珍しいじゃありませんか。一体、どういう風の吹き廻しなんだろう」
「折入って、そちに話があって訪ねて来たのだが」
「まあ、ともかく、上へあがって……」
「では」
と金吾は腰をおろして、草鞋の紐をときかけました。
その時、二階から降りて来たのは、先程まで、ウンスンの仲間に顔を見せていた興行元と地場の遊び人体の男で、お粂を蔭に呼んで、心配そうな顔をしながら、
「何か取りこみ事が起ったようだけれど、小屋の方は十日のビラを貼り廻した興行、休まれちゃ大変だ。今夜も、木戸を開けている頃だから、少しも早く顔を出してくれなければ困る」
と半ば、強迫的に談じつけて、せわしそうに、裏口から柳町の掛小屋へ急いで行く。
それを機にして、弟子の女達や、空しく帰って来た男どもも、持ち逃げ騒ぎはあとにして、ともかくも興行が大事、衣裳箱やら楽器やら、それぞれの支度をいそいで楽屋へ出払った様子であります。
金吾は、通されて、取りかたづけた二階に、ひざを真四角に坐っている。