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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

Read 江戸三国志 (えどさんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 577,271 characters · 1141 screens

Aozora Bunko

お粂が考えこんでいる様子に、九兵衛はことばに熱を加えて。

「どうだな、粂吉さん」

「さあ? ……」

「いやといわれると面目ない。実のところ白状すると、ゆうべも、おとといも、先の晩も、お前さんの舞台姿に、どうもわしも迷わされて、一度は人を頼んでも、ぜひ相談を持ちかけてみるつもりでいたくらいなのだから――これを断わられると、わしも、がっかりせずにはおられませんので」

年寄の恋にことよせて、うつ向いて見せた秦野屋九兵衛は、なんと出るか、鋭い上目づかいに、お粂の返辞を待ちかまえているふうです。

あくまで金持ちの甲斐絹屋、自分の舞台姿に贔屓をよせた好色な老人と思いこませて、とうとう九兵衛の策は、お粂に対して成功しました。

「じゃ、承知してくれるというのかい」

「こんなあばずれでも、世話して下さるおつもりなら……」

お粂の考えとしては、無論一時の方便でしょうが、また、当座の身の落着きを、どこへというあてもない体。

生きてさえいれば、そのうちには、金吾に会えもしよう。

まだその深い未練から離れません。

彼女は、きのうの魔薬が薄かったために、金吾の眠りがすぐにさめて、姿を消したものとばかり思いこんでいました。