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つがるのむしのす

津軽の虫の巣

宮本 百合子

Read 津軽の虫の巣 (つがるのむしのす) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 5,198 characters · 10 screens

Aozora Bunko

津軽の虫の巣

宮本百合子

一

朗らかな秋晴れの日である。

津軽の海は紺碧(こんぺき)に凪(な)いで、一点の曇りも無い虚空を豊かに照り返えす水の上には、これはまた珍らしく漁舟の片影も無い。

閑静に澄んだ波の面には、微かに動く一二羽の水鳥が、大らかな弧を描いているばかりである。

けれども、若し人がその海岸に立って、遠い彼方に瞳を定めたならばきっとその注意は、遙か水平線の上にポッツリと浮き出して小さい物の影に牽(ひ)かれるだろう。

影は紛れも無い二艘の船である。

微かながら、それ等の船は、真上の空に舞う水鳥の、翼の白さにも擬(まが)う真帆を一杯に張って、静まり返った水面を、我物顔に滑べって来るのが認められる。

小豆粒ほどの影は、次第に大豆ほどとなり、やがては小人の船ほどの大きさになって、耳を澄ますと、微風につれて賑わしい船歌さえ聞えて来る。

この二艘の大船こそ、誰あろうときの大守、十代津軽矩広を乗せて、三馬屋の泊から船出した、長者丸、貞松丸という吉例の手船なのである。

歴代の津軽公は、参勤交代で江戸表への上下には、必らずこの二艘の手船で、津軽の海を超える慣例になっている。