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みおつくし
澪標・落日の光景
外村 繁
Read 澪標・落日の光景 (みおつくし) by 外村 繁 (とのむらしげる) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,889 characters · 268 screens
その甥からの来信を私は素子に渡した。
「へえ、珍しいこともあるもんね」
この一夏を鳴きあかしたきりぎりすは、先日、死んだ。今、庭には蟋蟀が盛んに鳴いている。短い撥音を単調に繰り返しているのもいる。語尾を高く張り上げて、旋律の美しいのもいる。
先年、素子の郷里の天神山の草叢で、私は鈴虫の鳴くのを見ていたことがある。私の足音に声をとめた鈴虫は長い髭を緩く動かしていたが、やがて夕風に誘われるように、翅を慄わせて、鳴き始めた。よほど激しく翅を打交わすからであろうか、翅の輪郭は目に霞み、却って静止しているかに見えた。
「流石のおばあさんも、よほどお懲りになったのでしょうね」
「田舎の家こそ死に場所と、気持は張り切っていても、人間というものは肉体的苦痛には至って弱いものだからね」
「全くそうね。でも、これで安心しました。やはり敬三さんに迎えに行っていただくより、他にありませんわね」
「弟のところへは、兄からも手紙を出してくれられたようだが、私も頼みに行ってくるよ」
庭には、既に夕闇が漂っている。虫はいよいよ盛んに鳴いている。いろいろの音色が重り合ってなかなか賑やかである。