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みおつくし
澪標・落日の光景
外村 繁
Read 澪標・落日の光景 (みおつくし) by 外村 繁 (とのむらしげる) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,889 characters · 268 screens
麻布六本木のカッフェで、白いエプロンこそ着けていたが、いかにもいなか娘らしい、初めて会った妻の姿、妙義山の山上で、深い山霧に包まれながら、初めて口づけした妻の姿、麻布宮村町の、あの崖下の妻の下宿で、褥をともにした妻の姿。
保木で生れた長男を負って、私は襁褓提げて、初めて移り住んだ長崎町の家、二男の生れた西荻窪の家、三男の生れた深川の家、長女と四男の生れた阿佐ヶ谷の家。
防空演習の、警報のバケツ叩いていた妻の姿、針の日に、縫糸通しかねていた妻の姿、破れ財布を、インフレ札で脹らませて、走り廻っていた妻の姿。どんな妻の姿も、私はありありと思い浮かべることができた。しかしどんな妻の姿も、忽ち消え失せる。
通夜には、生前から「雨女」と笑われていた妻の通夜らしく、雨になった。しかし当日は、冬には珍らしい、うららかな小春日和であった。
告別式には、大勢の友人達が焼香してくれた。殊に中谷君は信州松本から、浅見君は千葉の御宿から、わざわざ上京し、また福井の三好君はたまたま上京中で、それぞれ厚い焼香を受けた。麻布時代からの旧い友人達にも見送られ、妻も満足のことだろうと思われた。