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ひゃくしんのふ
百唇の譜
野村 胡堂
Read 百唇の譜 (ひゃくしんのふ) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,209 characters · 25 screens
「ハテ、そんなに美しいお方を、捨てる世の中が憎いでは御座いませんか」
千代之助は優しく尼法師を見上げるように、ズイと膝を進めました。後ろは御仏の蓮台、退きもならず若い尼は、後ろ手に身を反らせるばかり。
不思議な空気の中に、千代之助の冒涜的な熱情は、沸々とたぎり返します。この鼻の良い恋の猟夫は、若い尼の態度に、多少の惧れと疑はあるにしても、少しも自分を嫌う様子の無いことを早くも見て取ったのです。
「私などは――」千代之助はゴックリ唾を呑み乍ら、続けました。
「――私は池の端から、貴女の美しさに牽かれて、フラフラと此処まで来てしまいました」
「え、えッ」
「その貴女、そんなに若くて美しい貴女を捨てる世間がありましょうか」
「…………」
「さア、もう一度世の中へ出て参りましょう。その黒髪を延して、振袖を着て、貴女の美しさを存分に見せて、貴方の前に裾く世間を見返してやろうではありませんか」
千代之助の手は何時の間にやら、尼の手、水晶の珠数を掛けた美しい小さい手を取って居りました。
「あれ、何をなさいます」
「私は何万、何千の女を見て参りました。変なことを言うようですが、世の中の女達は、私の一と目で死ぬの生るのと言う騒をして居ります――が、その私でさえ、猿若町の舞台の上から、毎日、毎日粧を凝らして江戸中の女を見尽して居る私でさえ