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ひゃくしんのふ
百唇の譜
野村 胡堂
Read 百唇の譜 (ひゃくしんのふ) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,209 characters · 25 screens
千代之助は、それを受取ると、
「有難う、真弓殿」
一寸半紙を開いて、まだ生乾きの唇の跡を見詰めて居りましたが、何を考えたか、不意にその紙を自分の唇に押し当てて、夢心地に吸い入るのでした。
「あれ千代之助様」
「まア、宜い、これはどうせ私が貰ったのだ。誰にも文句は言わせない」
そう言い乍ら千代之助は、半紙を四つに畳むと、そのまま押し戴くように、少しなまめく襦袢の袖の中、内懐深く仕舞い込むのでした。
「千代之助殿」
「真弓どの」
こんなつまらない遊戯が、二人の胸に潜む恋心を、どんなに煽るかわかりません。何時の間にやら二人は手を執り合って、何時ものように夢心地に、お互の唇を求めて居りました。
「不義者ッ」
不意に、障子を蹴開いて、鞠のような感じのする男が飛込みました。真弓の許婚、祝言の盃事をするばかりになって居る半沢良平の、嫉妬に狂う浅ましい姿です。
「あッ」
二人は危うく飛退きました。白刃はサッと間を断って、真弓の振袖の先を劈きます。
「動くな不義者ッ」
「何が不義者だッ」
隙間もなく斬り立てる白刃を僅かに避け乍ら、千代之助はそれでも相手の嫉妬の焔に水を注ぎます。
「己れ、何にをッ」