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ひゃくしんのふ
百唇の譜
野村 胡堂
Read 百唇の譜 (ひゃくしんのふ) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,209 characters · 25 screens
良平のひたぶるに娘を慕うた心を見ると、三也もさすがに心が鈍ります。遂には娘の真弓を土蔵の中に押し込んで、半沢良平が継ぐ可き家も無いのを幸い、手続きも漏れなく踏んで、自分の跡目相続人に直し、二百五十石の高祿を譲って、自分は綺麗に身を退いて仕舞いました。
その間に、荒井千代之助は堕落の淵へ真逆様に陥ち込んでしまったのでした。最初小田切家から逃げ出した足で、友達なり親類なりの家へ轉げ込み、せめては諸方の円く納まる日を待つとか、詑の叶う時期を待つとすればよかったのですが、何処へ行っても鼻ッつまみのせいもあったでしょうが、いきなり飛込んで身を隠したのは、予て出入して居た小唄師匠の家だったのです。
三日たたないうちに、千代之助はその師匠と落っこって、弟子達の眼を聳てさしたことは言うまでもありません。
併し、それも三月とは続きませんでした。美貌で調子の好い千代之助は、間もなく女から女へ渡り歩く一番下等で、一番卑しい生活を始めてしまったのでした。
千代之助は本当に好い男でした。細面の色白で、パッチリした眼、少し高い鼻、引締った唇、これだけを見て居ると、優れた芸術品にあるような魅力を感じさせますが、何うした造化の間違かこの一番立派な顔へ、一番下等な魂を封じ込んでしまったのです。