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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
Read 私本太平記(五) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 252,330 characters · 505 screens
その日になれあ分るこった。楽しみに待つがいい」
晩の牢内は、もう呪いの声もしなかった。それでもみな粥だけは喰べたらしいが、寝息もしない沼だった。
「……おじさん」
昼、牢のすみっこで、よく寝こんでいたあの浮浪児じみた少年であった。悄げ込んでいる居酒屋のおやじのそばへ寄って来て。
「ね。おじさんの店は、戦争前は粟田口にあったんだろ。あの辺も焼けちゃったけれど」
「ヘエ……。よく知ってるな」
「おらあ、何度もおじさんの店へ、お師匠さんの使いでお酒を買いに行ったんだもの」
「そうか!」おやじは、大きく眸をこらしながら、「む……そういえば、おもい出した。おまえ、雀をふところに飼っていたね」
「飼ってるよ」
「すると、吉田山の兼好さんのお弟子じゃないか。命松丸とかいったように覚えているが」
「その命松だよ。おじさん。……みんなもう首が失くなっちまった人間みたいに、さっきから悄れてるけれど、どうだろう、おらがこれから知ってるお方の門へ行って、命乞いを頼んでみたら?」
「ありがとうよ」
おやじは、涙だけをためて。
「気もちはありがたいが、おまえはここをどこだと思うのか。ここは六条の六道牢だぜ」