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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
Read 私本太平記(五) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 252,330 characters · 505 screens
すでに挽回なき下にありながら、彼らはまだ、主将直義から若御料(千寿王)までが西走して落ちたとも知らされず、早や鎌倉も空っぽとはつゆ覚らず、なお、むなしい死守を六浦街道や武蔵口などのふせぎにかけて、かなしい兵の業におめいていたのであった。
わけて、淵辺伊賀守などは、よくよく業のふかい者であったとみえる。主命もだしがたく、鎌倉へまぎれ返り、その日は疲労と困憊に、ぬしなき屋敷の厩舎で馬ととも寝くたれていたが、やがて晩をむかえ、七月の宵空に星を仰ぐと、
「さて」
と胸がときめいていた。
こよいを過ごせば敵が三道から込み入って来るのは必定と思う。――しかしどうにも気が勇んでこなかった。――そこで彼は空き屋敷の内から酒をさがさせ、郎党七人と外で車座で飲みはじめた。寂寥、まるで無人のごとき鎌倉だ。波の声、山の音。どうかすると遠い遠いところで、あらしの吠えに似たようなものが夜をゆする。
「どうなされまいた?」
淵辺の郎党は、主人の無口の顔いろにも、また、主人の意図もくみかねて、怪しみあった。それほど彼はいくら飲んでもさっきから酔えないのだった。――そして昼見た夢の、ふるさとの、じじやらばばやら女房子などについひかれて、味ない酒をただ沈湎と仰飲っていたが、