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しほんたいへいき
私本太平記(五)
吉川 英治
Read 私本太平記(五) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 252,330 characters · 505 screens
、「洛中にも敵が入った」、「いやいや、味方の裏切りだ」などとたれがともない流言が、寝ぼけまなこの兵のなだれを、いやが上にも吹き惑わせた。
こうなると、ひとかどな武士までも、かえって、味方が足手まといとなって、軍の機能は、まったく寸断といったかたちである。馬ぐるみ、深田へ落ちこんで、日頃の名だたる将も、あえなく、雑兵たちの槍さきにたたき伏せられたり、まるごと、一軍団のなだれが、追いつめられて、藪川の底を埋めるなど、ありえないほど無造作にあまたな人命が夜明けのつかのまに失われていた。
ここに、赤松一族の者で佐用ノ三郎範家というのがあった。
日ごろ、この界隈の野伏をかたらって、乱波組(第五列)をつくり、放火とともに、敵の中へ混み入るのを妙としていた男だが、この朝も、狐河から鳥羽へのあいだで、ふと目ざましい大将姿が六、七騎で落ちてくるのを見つけ、ただ一矢のもとに、木蔭からその将を射落した。
元来彼は郷里の佐用でも“鷹の範家”といわれる弓の上手であったが、射落したこの日の鷹は、敵味方をわきかえらせた。ころげおちた将の放れ駒には“三本傘”の金貝を摺った鞍がおかれてあり、この鞍といい、また花曇子のよろい直垂衣や、おびていた鬼丸の太刀も、名越尾張守高家のものにちがいなかった。