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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 19,251 characters · 39 screens
二
湯呑みを握り潰す。火箸を糸のように曲げる。にぎり拳で板へ五寸釘を打ちこむ。それを歯で抜く、種も仕掛けもない。力ひとつなのである。肩や腕の肉が、瘤のように盛り上る。這うように動く。見物は讃嘆の声を呑んで、見守っている。われに返ったように、ざわめく。彦兵衛もいつの間にか乗り出して、細い身体を硬張らせて凝視めていた。まったく、力業師として、ちょっとこの右に出る者はあるまいと思われる大石武右衛門だった。
「あんなのにかぎって、ころっと死るものだ。」
突然、藤吉が言った。人が感心すると、貶したくなるのが藤吉の病いである。不機嫌なときは、右と言えば左と、何によらず皮肉に出るものだ。義理にも微笑うどころか、誰に対してもお愛想一ついうでなし、もしそんな時何か事件でもあろうものなら、藤吉親分ともあろうものが、鉄瓶が吹きこぼれたほどの、どんな詰らないことでも、初めからすぐ、こりゃあ難物だ、おいらの手に負えねえ、と投げ出したような口振りだった。ところが、それが、そういう口の下から、訳なく解決されて行くのが常だった。こうした藤吉の癖は、彦兵衛は百も知り抜いていて、いっこう気にしないことにしていた。