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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,547 characters · 27 screens
と、この時、ううと唸ってまたぞろ甚右衛門が走り出した。まるで、大自然のまえに無気力な人間どもを、仕方がねえから今まで待ち合わせてやったものの、さ、顔が揃ったらそろそろ出かけましょうぜ、とでも言いたげに。
「乗りかけた船だ、突き留めねえことにゃあ気がすまねえや。」藤吉は合羽の紐を結びながら、「勘的、われ、先発。」
「あいしょ。」
あれから大川寄り、南飯田町うらは町家つづきだ、寒さ橋の袂から右に切れて、痛いほどの土砂降りを物ともせず、勘弁勘次を頭に釘抜藤吉に葬式彦兵衛、甚右衛門を追って遮二無二に突き進んだ。上柳原へ出ようとする少し手前に、そこだけ河へ食い込んでいるところから俗に張出し代地と呼ばれる埋立があって、奥は秋本荀竜の邸になっているが、前はちょっとした丘で雑草の繁るに任せ、岸近くには枝垂れ柳が二、三本、上り下りの屋形船とともに、晩霞煙雨にはそれでもなにやら捨てがたい趣きを添えていたもの。もとより山とは言うべくもないが、高いところなら猫の額でも山という名をつけたがるのが万事に大袈裟な江戸者の癖で、御他聞に洩れず半ば塵埃捨場のこの小丘も、どうやら見ようによってはそうも見えるというので、一般には木槌山として通っていた。