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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,598 characters · 26 screens

Aozora Bunko

さてこそ独り胸に頷首いて、勘次はすこし離れた個所に立っておりきの家へ張り込もうと考えたが、見つけられては面白くない、身を隠す塀もがなとあたりを見廻すと、幸いおりき方の細格子と向い合って西尾お長屋の普請場、雨上りだから仕事は休みで職人もいない。足場をくぐってはいり込んだ勘次、生壁の蔭に潜んでひたすらおりき婆アの戸口を見守った。

「いつまで経っても婆アも娘も出て来ねえ。あっしもつい緩怠しやしてね、何ごころなく眼の前の壁を見たと思いなせえ。」

坐りざま背後へ撥ねた裾前、二つきちんと並んだ裸の膝小僧へ両手を置いて、勘次はここで声を落した。

壁と言ったところでほんの粗壁、竹張の骨へ葦を渡して土をぶつけただけでまだ下塗りさえ往っていないのだが、武家長屋の外壁だから分が厚い。それが雨に崩れて、勘次の立っている端のほうは土が落ちかけていた。おりきの家から眼を離した勘次、何気なく鼻先の荒壁を見て、さて、仰天した。

土の中から人間の指が出ていたのである。

紫色の拇指が普請場の壁から覗いていたのだから、勘次は慌てた。もうおりきやお糸どころの騒ぎではない。お長屋頭へ駈け込んで人手を借りて壊れた壁土を剥いでみると、中から出て来たのは縮緬ぞっきの粋作り、小柄な男の屍骸で、――首がなかった。