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くにさだえがく
鏡花短篇集 川村二郎編
泉 鏡花
Read 鏡花短篇集 川村二郎編 (くにさだえがく) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 19,644 characters · 40 screens
但し、多いにも、少いにも、今私は、雛らしいものを殆ど持たぬ。母が大事にしたのは、母がなくなって後、町に大火があって皆焼けたのである。一度持出したとも聞くが、混雑に紛れて行方を知らない。あれほど気を入れていたのであるから、大方は例の車に乗って、雛たち、火を免れたのであろう、と思っている。
その後こういう事があった。
なおそれから十二、三年を過ぎてである。
逗子にいた時、静岡の町の光景が見たくって、三月の中ばと思う。一度彼処へ旅をした。浅間の社で、釜で甘酒を売る茶店へ休んだ時、鳩と一所に日南ぼっこをする婆さんに、阿部川の川原で、桜の頃は土地の人が、毛氈に重詰もので、花の酒宴をする、と言うのを聞いた。――阿部川の道を訊ねたについてである。――都路の唄につけても、此処を府中と覚えた身には、静岡へ来て阿部川餅を知らないでは済まぬ気がする。これを、おかしなものの異名だなぞと思われては困る。確かに、豆粉をまぶした餅である。
賤機山、浅間を吹降す風の強い、寒い日で。寂しい屋敷町を抜けたり、大川の堤防を伝ったりして阿部川の橋の袂へ出て、俥は一軒の餅屋へ入った。
色白で、赤い半襟をした、人柄な島田の娘が唯一人で店にいた。