Read classic Japanese books with furigana
ja-reading.com
Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.
ゆきのうえのしも
雪の上の霜
山本 周五郎
Read 雪の上の霜 (ゆきのうえのしも) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 25,586 characters · 50 screens
九
彼はうしろへしさって、「――ほんのちょっとでかけてまいりたいんです、すぐ帰って来て、そしてすぐにおいとまします、ほんの半刻ばかり出てまいりますから」
そして彼は、忙しげに立って、その部屋を出た。すると、廊下のそこに、千草がいた。伊兵衛はどきっとし、
「ああこれは、どうも」
吃りながら、おじぎをした。千草はこちらを見あげた。暗いのでわからないが、泣いていたようなそぶりであり、息づかいであった。
「済みません」伊兵衛は囁くように云った、「――どうぞ勘弁して下さい、どうぞ、ごめんなさい」
子供が母親にあやまるような、哀しげな声であった。千草はなにか云いそうにみえたが、黙って顔をそむけて、力の抜けた歩きぶりで、向うへ去った。伊兵衛はそのうしろへ、もういちどおじぎをしてどこかへ出ていった。
九
まさに春暖である。
遠い山にはまだ雪が見えるけれども、畑には麦が伸び、菜の花が咲きさかっている。道端には草の芽がやわらかく萠え、林も薄紫に霞んでみえる。日は暖かく、風も……風は少しあるが、いかにも春らしい軟風で、歩くには却って爽快なくらいだった。
「それで、それからどうなさいました」