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あごじゅうろうとりものちょう
顎十郎捕物帳
久生 十蘭
Read 顎十郎捕物帳 (あごじゅうろうとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,712 characters · 29 screens
夕立の客
「……向島は夕立の名所だというが、こりゃア、悪いときに降りだした」
「佐原屋は、さぞ難儀していることだろう。……長崎屋さん、ときに、いま何字でございますね」
「はい、ちょうど七字と十ミニュート……」
「ああ、そうですか。……六字に神田を出たとして、駕籠ならば小泉町、猪牙ならば厩橋あたり。……ずぶ濡れになって、さぞ、弱っているだろう」
「……佐原屋のことだから、如才なく船宿へでも駈けこんだこッたろうが、それにしても、この降りじゃ……」
向島白髭の、大川にのぞんだ二十畳ばかりの広座敷。
朱塗の大きな円卓をかこんで、格式張ったお役人ふうなのをひとりまぜ、大商賈の主人とも見える人体が四人、ゆったりと椅子にかけ、乾酪を肴に葡萄酒の杯をあげている。
ちょっと見には、くすんだくらいの実直な着つけだが、仔細に見れば生粋の洋風好み、真似ようにも、ここまではちょいと手のとどかない、いずれも珍奇な好尚。
里紗絹の襦袢に綾羅紗の羽織。鏤美の指輪を目立たぬように嵌めているのもあれば、懐時計の銀鎖をそっと帯にからませているのもある。
この春、舶載したばかりの洋麻の蕃拉布を、競うようにひとり残らず首へ巻きつけ、襦袢の襟の下から、うす黄色い布色をチラチラとのぞかせている。