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あごじゅうろうとりものちょう
顎十郎捕物帳
久生 十蘭
Read 顎十郎捕物帳 (あごじゅうろうとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 17,674 characters · 36 screens
前のひとりが去り、またひとり。……ようやく、待ちこがれた自分の番。
帷子の袖で汗をぬぐいながら、顫える手で丼をさしだし、
「どうか、手前にも……」
氷見役は、金杓子をふって、
「お雪は……もう、ない」
「な、なんと言われる」
「お雪は、いまで、みなになった」
浪人者はクヮッと眼を見ひらいて、
「……では、もう……」
「気の毒だった」
「……ほんのひとかけらでも……」
「いや、ひとかけらもない。……今年は、特別に暑気がはげしく、おかこい氷が半分がた溶けてしまったところへ、例になくお貰いの人数が多く、氷室は、ごらんの通り土ばかり。……来年は、もうすこし早目にお出かけなさい」
「そ、それは、あんまり、むごいおあつかい……」
「腹を立てられても困る。……なにしろ、相手は氷のことだでな、溶けてしまったものは、いかな氷見役でも、どう扱いようもない。……さあさあ、もうお引きとりなさい」
とりのぼせて、手をのばして氷見役の腕をつかみ、
「……では、お土でも……」
氷見役人は癇を立てて、
「なにをする、手を離せッ」
「お願い……お願い……」
「これ、手を離せと申すに!」
手づよく押しのけたはずみに、丼がケシ飛んで、地べたの小石にあたって二つに割れる。