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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens
「はい」
「じゃ、頼むぜ、留守を」
「あ……あなた」
「忘れ物か」
「…………」
「ばかッ」
「…………」
「泣くねい! 縁起でもねえ」
「わ、悪うございました。ツイ」
「笑ってくれ、頼むからよ。笑っておれを出してくんな。お――、弦之丞様が待っておいでなさるだろう」
戸を開けて出ると、ふりかえりもせずに、万吉は、また猫間川の岸へ急いで行った。
そして、ふたりが待っている筈の所へ来てみると、そこには、船も繋綱ってなければ、お綱と弦之丞の姿も一向見あたらない。
「どこへ行ってしまったんだろう。あれ程、ここを動かずに、待っていてくれといったのに」
土橋の上に立って、腕ぐみをした。
ふと、妙だな? と思って見たのは、葭の間に投げ散らされてある苫の莚――そして、その時初めて気がつくと、綱を解かれた捨小舟が、ゆるい猫間川の水に押されて、はるかの下へ流されてゆく。
だが万吉は、それが主なく漂って行くものとは思えないので、見つけるとすぐに口へ手を当てて、
「弦之丞様ア」
と呼んでみた。
「おうッ」
と、うしろで、返辞があった。あッと驚いてふりかえると、抜刀を持った天堂と旅川が、いきなり目前へ跳びかかってきた。