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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens
ただ、私の恋はある時期まで……。ある時期までの、その、間だけなんでございます……」
嗚咽しながら、常々心にわだかまっていた悩みを、いっぺんにぶちまけた。
「――時節というのも、ほんのわずか。あなたと一緒に阿波へまいって、首尾よく、目的を遂げるまで――。その道づれの間だけ、どうか、お綱のはかない恋を、あなたも妹もゆるして下さい……。そして、その日が来ましたら、私はすべてを忘れましょう。義理の妹に倖せをゆずって、自分ひとりの身をどうなとします……。仲にはさまった身にとれば、ずいぶん無理なと思うでしょうが、あなたが妹と約束のあるお方とは、夢にも、知、知らなかったお綱ですもの……」
思わずむせばす声が、愁々として腸を掻きむしるように、小舟の内からあたりの闇へ洩れて行った。
するとその時、声を探りながら雑草を払って、ばらばらと水ぎわへ降りてきた六、七人の黒い影。
「それッ、苫をはねろ!」というと、一人の侍、繋綱を取って舟を引寄せ、あとは各、嵐のように、狭い舳へ躍り込んだ。
さては、阿波の原士!
天堂一角か、お十夜か。
もちの木坂の手なみにもこりず、またもここへ来てうせたな――と、刹那に弦之丞は直覚して、胴の間の隅に身をかがめ、お綱の体をうしろへかばった。