Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
キリストきょうにゅうもん
キリスト教入門
矢内原 忠雄
Lesen Sie キリスト教入門 (キリストきょうにゅうもん) von 矢内原 忠雄 (やないはらただお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 119.257 Zeichen · 234 Bildschirme
というのは「洗礼」と訳され、人の身体を水につけて、また引き上げる儀式である。当時ユダヤ人の間には、パリサイ人、サドカイ人、ヘロデ党などの諸派があって、互いに争っていた。パリサイ人は律法を厳格に守ることを主張したが、形式的な偽善に陥り、角を矯めて牛を殺すの類であった。サドカイ人は神殿に寄生した祭司階級であって、信仰的生命を失っていた。ヘロデ党はローマ帝国の立てた傀儡政権たるヘロデ家を支持する党派であった。これらすべてに対して抗議するエッセネ派という一派もあった。これは荒野に退いて禁欲生活を為し、一日に何度となくヨルダン川でみそぎをして、清浄心の境地に達しようとする人々であった。
エリサベツの子ヨハネは荒野に住み、身に駱駝の粗き毛衣を着、蝗と野蜜を食としたというから、彼はエッセネ派に近い人と思われる。しかしエッセネ派のみそぎ(すなわちバプテスマ)もまた形式的・習慣的であって、人を救う力はない。人の救いはそのような形式的行事の反覆によるのではなく、道徳的な心の新生によらなければならない。人は道徳的に己が罪を悔い改め、義しき道徳生活に入らねばならない。一度己が罪に死んで、再び道徳的に生きねばならない。