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Japanische Klassiker mit Furigana

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ちゅうせいのぶんがくでんとう

中世の文学伝統

風巻 景次郎

Lesen Sie 中世の文学伝統 (ちゅうせいのぶんがくでんとう) von 風巻 景次郎 (かざまきけいじろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 115.977 Zeichen · 230 Bildschirme

Aozora Bunko

弘和元年(『新葉集』の成った年)に生れ、両統合体の成ったのは十二歳の年、二十歳頃はすでに京に出ていた。当時は歌壇沈滞のときで、耕雲や飛鳥井雅縁(宋雅)がいる位、若い冷泉為尹を推して、そろそろ今川了俊がものをいい出す頃であった。世を諷して美濃に流され、後帰って出家し、東福寺に入り、仏照派の下僧となり、栗棘庵に住み、右筆となり松月庵に住んだ。で、徹書記ともよび松月庵正徹ともいう。また清巌和尚ともいった。為尹について学び、かたわら今川了俊にも交って教えられた。応永二十四年為尹薨去の年、正徹三十七、同二十七年今川了俊卒する年、正徹四十歳。その頃から旅に出たり、都でも転々と居を移し、永享元年(四十九)『徹書記物語』を書き、永享四年(五十二)には火災にあって、歌稿二万七千首を烏有に帰した。その後また歌稿を整理し、家集『草根集』は約一万一千首を含む大冊である。二条派の尭孝と相対して、一時の双璧と見られたが、二条派の末輩は敵方の総帥として過大に敵視し、永享十一年に撰ばれた勅撰和歌集第二十一代の『新続古今集』には一首も歌が採られなかった。長禄三年五月九日寂。年七十九。