Japanische Klassiker mit Furigana
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
Lesen Sie 中世の文学伝統 (ちゅうせいのぶんがくでんとう) von 風巻 景次郎 (かざまきけいじろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 115.977 Zeichen · 230 Bildschirme
にすばらしい筆つきで描かれているが、しかし西行のこととしては、どうにも本当か嘘か判らない。けだし中世は、仏教的世界観の支配した時代で、現世は穢土であり、人情のまことは煩悩と見たから、聴衆の方は、子供を蹴とばすといった少々感情を虐げたような、芝居がかりのことをする人間にえらさを感じたし、伝説の方も、そうした感傷的な調子の尾鰭が、何時の間にか非常に多くなってしまった。謡曲などにも随分西行は出てくる。そうした話を拾ってくると、伝説化された西行は判るが、本当の西行の姿は埋れはてるのである。中世の感傷は西行を種にして一つの芝居を作ったのであって、いわば贔屓の引き仆しである。
西行は保元乱が三十九歳で、大体平安末の人、平家の亡びた文治元年は六十八歳で、鎌倉時代に入ると間もなく、文治六年(建久元年)二月十六日に七十三歳で死んだ。大体俊成と同じであるが、四歳年下であった。
名は佐藤義清、憲清とも則清とも書き、法名は円位ともいった。徳大寺家の家人で、俵藤太秀郷の子孫だというが、家柄はあまり高くなく、右兵衛尉に任じた。恐らく一生つとめても五位の昇殿、国守になる位で、四位はなかなかむつかしかったろう。