Japanische Klassiker mit Furigana
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ふたつのみち
二つの途
豊島 与志雄
Lesen Sie 二つの途 (ふたつのみち) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 51.102 Zeichen · 104 Bildschirme
其処から外を眺めると、凡てが静かに、ほんとに静かに、じっと落付いていた。「信子!」と彼は呼んでみた。「木下!」と呼んでみた。何の反響も伝わらなかった。母の名を呼んでみた。静かだった。彼は手足を伸して安らかに横たわった。病室の空気も、今は親しくなつかしく思えた。――然し其処に達するまで、彼は魔睡から覚めて以来絶えず苦悩を続けた。或時は、病に衰弱しきった自分の精神に絶望した。或時は、殆んど夢幻のうちに彷徨した。何を云われても彼は黙っていた。余儀ない場合には出来るだけ簡単な返事をした。もし、木下と信子とが何故にああなったかを考察したならば、彼の苦悶はそれほど残酷ではなかったろう。然し彼の頭はその「何故に?」ということに働きかけなかった。彼は結果の事実にのみぶっつかっていった。彼の顔の筋肉は硬ばって、額は暗い皺を刻んでいた。ただその心には、深い所から射す安らかな光りがあった。彼は落付いていた。深い安らかな心の光りで凡てを眺めた。
落ち付いた彼の心を乱すものは、ただ一つきり残っていなかった。それは先夜の自分の提議であった。木下に信子の未来を托さんとする提議であった。