Japanische Klassiker mit Furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Lesen Sie 古句を観る (こくをみる) von 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.028 Zeichen · 333 Bildschirme
釈迦に比べればどう転んでも「唯の人」に過ぎぬ、というような意味とすれば、益※(二の字点、1-2-22)理窟臭くなって来る。鹿の子ならそのままで通用する事柄も、「唯の人」という言葉を用いたために、いささか面倒なのである。
芥川龍之介氏の『少年』という小説の中に、バスの中の少女の事が書いてあった。フランス人の宣教師が今日は何日かと問うと、十二月二十五日と答える。十二月二十五日は何の日か、と重ねて問われたのに対し、少女は落著き払って「きょうはあたしの誕生日」と答えるのである。この答を聞いて微笑を禁じ得なかったという作者の気持には、例の皮肉が漂っているようであるが、「クリスマスの日に生れ合う少女」も、面白い事実でないことはない。但こういう事実は散文の中においてはじめて光彩を放つべき性質のもので、俳句のような詩に盛るには不適当である。芭蕉の句が比較的離れ得たのは、眼前の即事を捉えたせいもあるが、ものが「鹿の子」で、「唯の人」というが如き理智を絶しているために外ならぬ。
つり初て蚊屋の薫や二日程 花虫
この句に極めて類似しているのは「つり初て蚊帳の匂や二三日 浪化」