Japanische Klassiker mit Furigana
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ちぎりきぬ
契りきぬ
山本 周五郎
Lesen Sie 契りきぬ (ちぎりきぬ) von 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 32.757 Zeichen · 66 Bildschirme
「――いけない、あの人だけはいけない、あの人を騙してはいけない」
壁を見まもったままこう呟いた。
どのくらいの時間が経ってからだろう、お菊の喚くような声でふとわれにかえった。お内所といわれる主人の部屋で、おてつに向って云っているらしい。酔って高いだみごえでやけにどなるような調子だった。
「朴念仁だよ、石の地蔵か金仏だよ、なんだいあのわかぞう、ふざけちゃいけないよ」
「ここでいばったってしようがないじゃないか、ばかだね、それでまだお座敷にいるのかい」
「おれはひと足さきに帰る、うっ、てえ仰せさ、もう帰っちまったよきっと、――にやにやっと笑って、おれはひと足さきに……」
おなつは立った。殆んど無意識に立ち、お内所へはいってゆくと、酔いつぶれているお菊には構わず、おてつの前へいって、
「かあさん、あたしに三十日ひまを下さい」
こう云っておてつの眼を見た。
「――北原さんかえ」
「あたしはおちぶれても侍の娘です。三十日だけでいいんです。信用して下さい」
おてつもじっとこちらの眼を見た。それから頷いて微笑した。
「ほかに要る物があるかえ」
「いいえなんにも、お願いします」