Japanische Klassiker mit Furigana
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ただなおきょうぎょうじょうき
忠直卿行状記
菊池 寛
Lesen Sie 忠直卿行状記 (ただなおきょうぎょうじょうき) von 菊池 寛 (きくちかん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 23.602 Zeichen · 47 Bildschirme
一
家康の本陣へ呼び付けられた忠直卿の家老たちは、家康から一たまりもなく叱り飛ばされて散々の首尾であった。
「今日井伊藤堂の勢が苦戦したを、越前の家中の者は昼寝でもして、知らざったか、両陣の後を詰めて城に迫らば大坂の落城は目前であったに、大将は若年なり、汝らは日本一の臆病人ゆえ、あたら戦を仕損じてしもうたわ」と苦り切って罵ったまま、家康はつと座を立ってしまった。
国老の本多富正は、今日の合戦の手に合わなかったことについては、多少の言い訳は持ち合わして行ったのだが、こう家康から高飛車に出られては、口を出す機会さえなかった。
で、仕方がないというよりも、這々の体で本陣を退って、越前勢の陣所へ帰って来たものの、主君の忠直卿に復命するのに、どう切り出してよいか、ことごとく当惑した。
越前少将忠直卿は、二十一になったばかりの大将であった。父の秀康卿が慶長十二年閏四月に薨ぜられた時、わずか十三歳で、六十七万石の大封を継がれて以来、今までこの世の中に、自分の意志よりも、もっと強力な意志が存在していることを、まったく知らない大将であった。
生れたままの、自分の意志――というよりも我意を、高山の頂に生いたった杉の木のように矗々と沖らしている大将であった。