Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

Lesen Sie 思想としての文学 (しそうとしてのぶんがく) von 戸坂 潤 (とさかじゅん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 209.809 Zeichen · 408 Bildschirme

Aozora Bunko

さてイデオロギーのこの一般的な機構が、資本主義のコンマーシャリズムの下に次第に歴史的に具体化されて展開して来ると、次第にこの二つのモメントが夫々歪みながら分裂し、収拾出来ない対立をなして来る。そうしたアカデミズムのモメントがいわゆる純文学であり、そうしたジャーナリズムのモメントがいわゆる大衆文学なのである。

初めジャーナリズムを一般的に捉えていた文壇は、イデオロギーとしての文学の情勢が資本主義の経済的・政治的地盤と共に歴史的に追いつめられて来たので、嘗ての文壇人を一方ジャーナリズムのモメントとしては大衆作家に、他方ではこれに反作用してアカデミズムのモメントとしては純文学者――それは結局有名無名の同人作家となるが――に、解体して了った。これが取りも直さず、ジャーナリズムが純文学から大衆文学へ移行したという、純文学の衰亡という、現象に他ならない。

無論一般に、物質的な矛盾のない――健全な――場合には、対立した二つのモメントは直ぐさま連関統一を与えられ得るのだが、今日の発達した資本主義の機構のように物質的矛盾をその本質としているものの下では、このジャーナリズムのモメントとアカデミズムのモメントとは、どうしても媒介されて一つにはなれない。