Japanische Klassiker mit Furigana
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にちにちへいあん
日日平安
山本 周五郎
Lesen Sie 日日平安 (にちにちへいあん) von 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 28.297 Zeichen · 56 Bildschirme
一
一
井坂十郎太は怒っていた。まだ忿懣のおさまらない感情を抱いて歩いていたので、その男の姿も眼にはいらなかったし、呼ぶ声もすぐには聞えなかった。三度めに呼ばれて初めて気がつき、立停って振返った。
道のすぐ脇の、平らな草原の中にその男は坐っていた。松林と竹藪に挾まれたせまい草原で、晩春の陽がいっぱいに当っている。浪人者とみえるその男は、坐って、着物の衿を大きくひろげて、蒼白く痩せたひすばったような胸と腹を出していた。月代も髭も伸び放題だし、垢じみた着物や袴は継ぎはぎだらけで、ちょっと本当とは思えないくらい尾羽うち枯らした恰好である。年は二十八か九であろう、顔は蒼黒く、頬はげっそり落ち窪んでいるし、顎は尖って骨が突き出ているようにみえた。
「呼んだのは貴方ですか」
「そうです」とその男は頷いた、「――ちょっとお願いがあったものですから」
十郎太はそっちへ戻った。相手の男は左の手で腹(そのむき出しになっている)をなでながら、右手に持っている抜身の脇差をひらひらさせた。もちろん、切腹をしようとしているのだということは明らかである、けれども十郎太は気がつかなかった。