Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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きゅうしゅじん

旧主人・芽生

島崎 藤村

Lesen Sie 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) von 島崎 藤村 (しまざきとうそん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 149.813 Zeichen · 302 Bildschirme

Aozora Bunko

御承知の通、小諸は養蚕地ですから、寺の坊さんまでが衣の袖を捲りまして、仏壇のかげに桑の葉じょきじょき、まあこれをやらない家は無いのです。奥様は御慣れなさらないことでもあり、御嫌いでもあり、蚕の臭を嗅げば胸が悪くなると仰る位でした。御本家の御女中方が灰色の麻袋を首に掛けて、桑の嫩芽を摘みに御出なさる時も、奥様は長火鉢に倚れて、東京の新狂言の御噂さをなさいました。

もともと旦那様は奥様に御執心で、御二人で楽い御暮をなさりたいという外に、別に御望は無いのですから、唯もう嬉しいという御顔を見たり、御声を聞たりするのが何よりの御楽み――こうもしたら御喜びなさるか、ああもしたら御機嫌が、と気を御揉みなさいました。それは奥様を呼捨にもなさらないで、「綾さん、綾さん」と、さん付になさるのでも知れます。旦那様がこれですから、奥様は家庭を温泉の宿のような気で、働くという昼があるでなければ、休むという夜があるでもなし、毎日好いた事して暮しました。「お定、きょうは幾日だっけねえ」と、日も御存ないことがある。たまたま壁の暦を見て、時の経つのに驚きました位。夢の間に軒の花菖蒲も枯れ、その年の八せんとなれば甲子までも降続けて、川の水も赤く濁り、台所の雨も寂しく、味噌も黴びました。