Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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きゅうしゅじん

旧主人・芽生

島崎 藤村

Lesen Sie 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) von 島崎 藤村 (しまざきとうそん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 149.813 Zeichen · 302 Bildschirme

Aozora Bunko

次第に柏木の空も忘れて、母親の夢を見ることも稀に成りました。さ、その晩です。復た私の心は柏木の方に向きました。その晩程母親を恋しく思ったことは有ません。唐草模様の敷蒲団の上は、何時の間にか柏木の田圃側のようにも思われて、蒲公英が黄な花を持ち、地梨が紅く咲いた草土手を枕にして、青麦を渡る風に髪を嬲らせながら、空を通る浅間の鷹を眺めて寝そべっているような楽しさを考えました。夜も更けて来るにつれ、寝苦しく物に襲われるようで、戸棚を囓る鼠も怖しく、遠い人の叫とも寂しい水車の音とも判かぬ冬の夜の声に身の毛が弥立ちまして、一旦吹消した豆洋燈を点けて、暗い枕許を照しました。何度か寝返を打って、――さて眠られません。青々とした追憶のさまざまが、つい昨日のことのように眼中に浮んで来ました。もう私の心にはこの浮華な御家の御生活が羨しくも有ません。私は柏木のことばかり思続けました。流行謡を唄って木綿機を織っている時、旅商人が梭の音を賞めて通ったことを憶出しました。岡の畠へ通う道々妹と一緒に摘んだ野苺の黄な実を憶出しました。楽しい菱野の薬師参を憶出しました。大酒呑の父親が夕日のような紅い胸を憶出しました。