Japanische Klassiker mit Furigana
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はるいくたび
春いくたび
山本 周五郎
Lesen Sie 春いくたび (はるいくたび) von 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 70.094 Zeichen · 142 Bildschirme
かたくひき結んだ唇が微かに震えた。
人の走って来る跫音が聞えた。
少年の大きな眼がふっと光を帯びた。……なにか叫ぶ声がして、それから霧のなかに人影が見えだした。少年は二、三歩たち戻った。……朧な人影は霧に隔てられて見えつ隠れつしたが、やがて、驚くほど間近へ来てから不意にその姿をはっきりと現した。
髪を背に垂れた、十五歳ほどになる武家風の少女であった。手に辛夷の花を持っているが、ふっくらとした頬はその葩よりも白く、走って来たために激しく喘いでいる唇にも血気がなかった。……二人はかたく眼を見交したまま、やや暫く黙って向き合っていたが、やがて少年がひどくぎこちない調子で、
「送って呉れて、有難う、香苗さん」
と云った。
すると少女も思い詰めた声で追いかけるように云った。
「どうしても、行ってしまうの、信之助さま。どうしても、もう……帰っては来ないのね」
「帰って来るとも、命さえあったら」
「きっと帰っていらっしゃる」
「帰る、きっと帰って来る、此処は清水家の故郷だもの、何百年の昔から御先祖が骨を埋めて来た土地だもの、望みを果したらきっと帰るよ」
「待っていてよ、香苗は待っていてよ、……ですから」