Japanische Klassiker mit Furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(三)
吉川 英治
Lesen Sie 私本太平記(三) (しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 222.108 Zeichen · 446 Bildschirme
きのうこの洛外鳥羽の南門まで来て、一夜を明かした今日でも、ふと人知れないほくそ笑みがわいてくる。――いま、佐野十郎に鏡を持たせて、百余日のヒゲを剃りながらも。
その間にえた知識と体験を鏡の中の顔と一しょに回想していた。畿内五ヵ国の地理、運輸、水路、機微な人心など、絵図となって頭にある。ただ部下はくたくたになったろう。山岳の徒歩越えや騎馬の川渡し、伝令、斥候の演習など、風雨の日までわざと歩かせた。正月もさせていない。
「なあ、十郎」
「は」
「おたがいに、屠蘇もまだ酌みあわず、雑煮餅もまだだったな」
「そうでした」
「さぞ兵どもは、陰でぶツぶツ申しておることだろう」
「いや、さような気ぶりは、つゆ見えません。よく殿のお胸が、兵の端にまで分っているようにございますれば」
「なに」
高氏は、剃りかけていた剃刀の手を休めて、鏡のうちの眼を、きっと十郎の顔へ上眼づかいに射向けた。
「おれの胸が分っていると?」
「はっ」
「どう分っているのだ」
「大殿貞氏さまのお位牌を陣中におくお心を拝察するにつけ、お子として、喪中いちばいの御精進なのであろう、と」
「む。よく言ってくれた」
やがて剃りおえて、小姓武者の手からしぼり手拭いをうけ取ると、それで無造作に薄らあばたの顔をぐるぐる撫でまわし、もいちど鏡を覗き込んだ。