Japanische Klassiker mit Furigana
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ちゅうせいのぶんがくでんとう
中世の文学伝統
風巻 景次郎
Lesen Sie 中世の文学伝統 (ちゅうせいのぶんがくでんとう) von 風巻 景次郎 (かざまきけいじろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 115.977 Zeichen · 230 Bildschirme
彼が常陸の小田城・関城にいて軍を督率して戦ったことは人の知るところで、小田城中で書いた『神皇正統記』『職原抄』は有名であり、『古今集序註』『古今集註』『元々集』『東家秘伝』などを著している。吉野朝の柱石として尽し、正平九年四月十七日、賀名生で薨去した。年六十二。
如何にせむさらでもかすむ月影の老の涙の袖に曇らば
嘆けとて老の身をこそ残しけめあるは数々あらずなる世に
さて吉野朝の人々の歌を集めた歌集は『新葉集』である。撰者は宗良親王、弘和元年十二月三日長慶天皇の叡覧にそなえた。全部二十巻。叡覧に供える前、弘和元年十月、勅撰集に擬せられる旨の綸旨を賜わった。これは本来勅によって撰んだのでなく、ほぼ成るに及んで擬勅撰の仰せを賜わったので長く私撰集として扱われたが、吉野朝が正統である上は、勅撰に擬する綸旨を下された歌集は、勅撰集に准じて扱うのが至当だと思う。
さて宗良親王は後醍醐天皇第五皇子、為世の女遊義門院権大納言典侍、いわゆる贈従三位為子の腹で、後村上天皇よりは兄君である。十代に出家され、十八歳で天台座主に就かれたが、翌年北条追討のことがおこり、捕えられて讃岐へ移されたが、建武の新政のとき、再び都に帰られ、また天台座主にのぼられた。