Japanische Klassiker mit Furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Lesen Sie 古句を観る (こくをみる) von 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.028 Zeichen · 333 Bildschirme
。多賀の杓子が寿命の御守であるに至ってはなお更であろう。句もまた荒削りで頗る工合がいい。
昼過にたゝきて見たる薺かな 不玉
前の句が少し面倒だったから、今度は思いきって簡単なのを持出す。薺をたたくのは「唐土の鳥が日本の国へ渡らぬ先に」だから、どこでも早きを競う中に、これは昼過になって敲いて見たといって澄している。あるいは昼頃になって起出す我党の士かも知れぬ。そういう無性者でも行事の薺だけは敲いて見る。これもまた太平の姿である。
元朝にはくべき物や藁草履 風国
一夜明けて元日になった気分は、一口にいえば清浄、簡素である。華麗だの、豪奢だのという種類のものは、どう考えても元日気分と調和しないように思う。正月用の調度なり食物なりが清浄、簡素の妙を示しているのは、一歳の始に当って節倹を旨とするような、理窟を含んだ意味からだけではない。手の込んだ、きらびやかな種類のものでは、年が改ったばかりの気分に合致せぬからであろう。
藁草履は穿物の中の簡素なものである。未だ一度も人の足に触れぬ新しい草履なら、極めて清浄でもある。元日気分と調和する点からいえば、革の沓や塗木履の比ではない。