Japanische Klassiker mit Furigana
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Lesen Sie 古句を観る (こくをみる) von 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 166.028 Zeichen · 333 Bildschirme
皆が揚げ悩んでいる風の日であるとか、人の目をそばだてるような大凧であるとか、何か特別な事実がないと、いくら阿房でも揚げ甲斐があるまいと思う。「見事にあぐる」でなしに、「見事にあがる」である点にも注意しなければならぬ。凧を揚げ得た阿房が主眼ではない。阿房の手から見事に大空に揚った凧が主眼なのである。
他に何の能もないが、凧を揚げることは名人だという解釈も成立ち得るかも知れぬ。われわれは阿房の手によって見事に揚った凧を仰ぎ見るだけにとどめて置きたい。
羽織著た禰宜の指図や梅の垣 素覧
垣の修理か、庭の手入かわからぬが、羽織を著た禰宜がそこに出て、何かしきりに指図している。その垣根には梅が咲いている、という趣である。平服の禰宜を捉えたのが一風変っていて面白い。
『その後』の中にある「地祭り」という文章の最後のところに、地祭が済んで地主の家へ行って見ると、神官は束帯を脱いでただの人で坐っていた、そして目白の話をしたりしていたが、帰る時に好いついでだからといって接骨木の小苗を貰って行った、ということがある。
この句を読んだらすぐあの一節を思い出した。平服の神官に興味を持ったりするのは、俳人的観察の一であろう。